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複雑系と科学

組織文化は、変えられるのか

バリューを掲げ、浸透施策を打っても、文化が変わった実感がない——多くの経営者が持つこの徒労感には、構造的な理由があります。文化は、掲げられた言葉ではなく、日々繰り返される相互作用とルーチンの中に生きているからです。本稿では、文化とは何か、なぜ直接は変えられないのか、どこからなら変えられるのかを整理します。

組織文化とは、そもそも何か

組織文化とは、その集団で共有された「ものごとの当たり前の進め方」です。組織文化研究の第一人者エドガー・シャインは、文化を三つの層——目に見える人工物(オフィス・服装・言葉)、掲げられた価値(バリュー・行動指針)、そして無意識の基本的前提——として整理しました。

重要なのは、行動を実際に規定しているのは最も深い基本的前提であり、掲げられた価値ではない、という点です。壁のバリューと現場の行動がずれるのは、この層の違いによります。

なぜ文化は「変えよう」として変わらないのか

文化が呼びかけで変わらない最大の理由は、文化が言葉ではなく、実際に起きたことから学習されるものだからです。人は、誰が昇進したか、どの発言が拾われたか、失敗の後に何が起きたかを観察して、「この組織で本当に大事なこと」を学びます。

「挑戦を歓迎する」と掲げても、挑戦して失敗した人が静かに評価を下げられれば、組織が学ぶのは掲げられた言葉のほうではありません。文化への働きかけが施策どまりになると、この学習の回路には届きません。

文化はどこに宿るのか——ルーチンという視点

文化の実体は、日々繰り返される組織ルーチン——会議の進み方、報告のしかた、意思決定の癖、朝のやり取り——に宿ります。組織ルーチン研究のフェルドマンとペントランドは、ルーチンが単なる決まりごとではなく、繰り返しの中で維持もされ、変化もしていく生きたパターンであることを示しました。

この見方に立つと、「文化を変える」という捉えどころのない課題は、「どのルーチンが、いまの文化を再生産しているか」という観察可能な問いに変わります。

文化を再生産している構造は、どこにあるのか

文化の再生産点は、多くの場合つぎの場所にあります。

  • 評価と昇進:誰が報われるかが、最も強い「本当のバリュー」のメッセージになる
  • 会議での扱われ方:誰の発言が拾われ、何が議題になり、何がスルーされるか
  • 失敗の後に起きること:原因究明が学習に向かうか、個人の責任追及に向かうか
  • 時間の使われ方:経営者・管理職が実際に何に時間を使っているか

文化への直接アプローチと、構造からのアプローチはどう違うのか

両者は対立しませんが、効き方と持続が異なります。

観点直接アプローチ構造からのアプローチ
典型策バリュー策定・浸透研修・ポスター・表彰評価基準・会議設計・失敗の扱い・時間配分の変更
働きかける先掲げられた価値(言葉)文化を再生産するルーチンと相互作用
社員が学ぶもの「会社がそう言っている」「実際にそうなっている」
持続イベント後に減衰しやすい日常の反復に埋め込まれるため残りやすい
位置づけ方向を示す出発点として有効変化を実際に定着させる本体

急成長や統合のとき、文化には何が起きるのか

人数が急に増える局面では、文化を暗黙に伝えてきた相互作用(創業メンバーとの日常的な接点)が薄まり、文化は自然に希薄化します。これは劣化ではなく、伝達経路の構造変化です。

この局面で必要なのは、スローガンの強化ではなく、新しい規模に合った再生産の経路——評価基準の言語化、判断基準の共有、日々のルーチンの設計——をつくり直すことです。

現場では、どこから変えるのか

出発点は、理想の文化を語ることではなく、いまの文化を再生産しているルーチンを観察することです。会議で何が起き、失敗の後に何が起き、誰が報われているか——この観察が、変えるべき構造の地図になります。

DroRは、文化の課題を「評価・会議・失敗の扱い・時間」という設計可能な対象に翻訳して伴走します。臨床組織科学(COS)の見方では、文化とは組織が繰り返し戻る安定したパターンの別名であり、それを動かす経路は構造への介入です。

よくある質問

バリューを作れば、文化は変わりますか。
バリューは方向を示す出発点としては有効ですが、それだけでは変わりません。人は掲げられた言葉ではなく、誰が評価され、失敗の後に何が起きるかから文化を学びます。バリューと評価・会議・失敗の扱いを一致させることが本体です。
文化の変化には、どのくらいかかりますか。
文化は日々のルーチンの反復から学習されるため、数週間の施策では動きません。再生産点(評価・会議・失敗の扱い)を変えたうえで、数ヶ月単位の反復を通じて徐々に置き換わっていきます。保証された期間はなく、組織の状態によって幅があります。
経営者が変われば、文化は変わりますか。
経営者の日々の反応は最も強い文化のメッセージなので、影響は大きいです。ただし個人の心がけだけでは続きません。経営者の変化を、評価基準や会議設計という構造に埋め込むことで、属人的でない変化になります。
良い文化とは、どんな文化ですか。
あらゆる組織に共通する唯一の正解はありません。事業と戦略に対して、必要な行動(率直な報告、速い意思決定、丁寧な検証など)が自然に起きる状態が、その組織にとって良い文化です。他社の文化の移植より、自社の再生産構造の設計が先です。
文化は測定できますか。
完全な測定は困難ですが、観察は可能です。悪い知らせが上がる速さ、会議での発言の分布、失敗後の行動、決定の実行率など、文化が現れる行動を定点観察することで、変化の手応えを確かめられます。

参考文献

本稿の見方は、次の研究・実務知に多くを負っています。

  1. Schein, E. H., & Schein, P. A. (2017)『Organizational Culture and Leadership (5th ed.)』Wiley. 文化を人工物・掲げられた価値・基本的前提の三層で捉える古典的枠組み。
  2. Feldman, M. S., & Pentland, B. T. (2003)「Reconceptualizing Organizational Routines as a Source of Flexibility and Change」Administrative Science Quarterly, 48(1), 94–118. 組織ルーチンを、維持と変化の両方を生む生きたパターンとして捉え直した研究。
  3. Yamanaka, M., & Nakamori, M. (2026)「Clinical Organizational Science: An Integrative Framework for Structural Intervention in Complex Organizations」Frontiers in Psychology, 17. 行動を再生産する構造への介入を体系化した概念論文。本稿の理論的背景。 参照日:2026-07-02

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