DroR Laboratory RESEARCH & FIELD NOTES

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AI調整済み包括的富(AIW)日本語版

この論文は、AIの普及を国の富の勘定にどう記録するかを扱う、理論的な枠組みのワーキングペーパーです。データ・AIを資本として計上する項と、AIによる技能の陳腐化を人的資本の減耗として差し引く項を、既存の包括的富の勘定に加えるための会計恒等式と、その使い方の条件を定めています。恒等式のどの項についても数値は推計しておらず、日本については、使えるデータの範囲と記述統計を示すにとどめています。

この論文が扱うこと

この論文は、AIの普及を国の富の勘定にどう記録するかを扱う、理論的な枠組みのワーキングペーパーです。データ・AIを資本として計上する項と、AIによる技能の陳腐化を人的資本の減耗として差し引く項を、既存の包括的富の勘定に加えるための会計恒等式と、その使い方の条件を定めています。恒等式のどの項についても数値は推計しておらず、日本については、使えるデータの範囲と記述統計を示すにとどめています。


このページについて

本ページは、ワーキングペーパー「AI-Adjusted Inclusive Wealth (AIW): A Framework for National Wealth Accounting in the Age of Artificial Intelligence」(第1.4版、2026年9月30日)を日本語で要約し、解説したものです。全訳ではありません。正本は英語原文で、数値・定義・限定の表現は英語原文に従っています。以下は、特に断らない限り論文の記述の要約です。

本論文は査読を経ていないワーキングペーパーです。版をまたいで固定されているのは式(1)と規律D1–D3だけで、それ以外の命題・規則・失敗条件はすべて第1.4版時点の暫定の定式であり、後の版で改訂されることがあります(下の「引用情報」を参照)。

引用は英語原文から行ってください。本ページの日本語は解説のための訳であり、引用の典拠にはなりません。専門用語は初出で英語原語を括弧に添えています。


要旨

要旨(Abstract の日本語訳)

持続可能性の判定基準は富の変化として定式化されているので、AIがもたらす変化を記録するのにふさわしい帳簿は富の勘定です。しかし現行の富の勘定は、その変化を区別して記録していません。本論文の実質的な主張は一つで、会計恒等式であるAIW恒等式(式(1))です。この恒等式は、新たに加える項を既存の勘定のどこに記帳するかを示します。

本論文のために行った文献調査の及ぶ範囲では、国富会計は、データ・AI資本を個別に識別された資産として記録しておらず、AIによる人的資本の減耗も記録していません。AIシステムとデータベースは、生産資本に計上される場合もソフトウェアの一部として扱われ、計算価格ではなく生産費用で評価されています。最前線にある二つの人的資本勘定は、いずれも技術に起因する陳腐化を分離していません。一方は減耗項を持たず、他方は陳腐化を挙げながらそれを切り出していません。

恒等式の使い方は二つの規則で定められます。一つはAIW作成三つ組 (v, B, π) で、推計の版、資産境界、計算価格の規約からなり、これが示されなければどの項も確定した意味を持ちません。もう一つは二分岐規則で、代替の弾力性は調整の大きさを左右しますが、符号は左右しません。

三つの規律D1–D3は、AIによる人的資本の減耗率 δ_AI の定義を制約します。すでに計上されている損耗から分離できること、ネットの率であること、生存年と金額を並べて報告することの三つです。命題1は、現在作成されている包括的富に四つの追加項が加法的に加わる条件を、論文中に明記した既知の不備とともに暫定的に与えます。命題2は第4項と第5項を分ける単位の規約を与え、この規約がなければ両者はデータから見分けられません。

検証可能な命題二つと内部点検一つを、暫定の失敗条件とともに示しています。各失敗条件は、その検定を行う前に登録するとされています(現時点では未登録です)。日本のデータで組み立てた記述的な枠組み(skeleton)では、タスク比率で測ったAI曝露度の就業者加重平均は0.31です。また、一人当たり富の実測の伸びを打ち消すのに必要な、人的資本全体に一様にかかるネットの減耗率(相殺閾値)を、年0.2〜1.3%という感度値として示します。恒等式のどの項も推計していません。


AIW恒等式と、その使い方を定める二つの規則

出発点は、富を各資本ストックの数量とその計算価格の積の和として書く標準的な定式化、W = Σ_i p_i K_i です。計算価格(accounting price)は、その資産の限界的な1単位が世代間の厚生にどれだけ寄与するかを表す価格で、シャドウプライス(shadow price、潜在価格)とも呼ばれます。本ページでは accounting price を「計算価格」と訳します。

論文はこの W を comprehensive wealth と呼んでいます。世界銀行や Arrow et al.(2012)の系譜で使われる用語で、UNEP などの包括的富(inclusive wealth)とほぼ同じ対象を指しますが、論文は二つの系譜を書き分けているため、本ページでは comprehensive wealth を英語のまま示します。Arrow et al.(2012)は、シャドウプライスを一定としたとき、小さな変化が世代間厚生を高めるのは comprehensive wealth を高めるとき、かつそのときに限ることを示しました。Dasgupta Review(2021)は、同じ結果の区間版と、その純投資に関する系を述べています。持続可能性の基準がこのように富の基準に置き換えられることが、富を帳簿に選ぶ理由です。この富の式に新しい項を加えたものが、AIW恒等式です。

ΔW_AIW = ΔW_IW + p_D·ΔK_D + K_D·Δp_D − ∫p_H(x)·δ_AI(x)·h(x)dx + ∫h(x)·Δp_H(x)dx (1)

第1項 ΔW_IW は、現在作成されている包括的富の変化です。資産側の二項のうち、第2項 p_D·ΔK_D はデータ・AI資本のストック K_D の数量変化を計算価格 p_D で評価したもの、第3項 K_D·Δp_D は同じストックの計算価格の変動による再評価で、国民経済計算体系の再評価勘定に対応します。

人的資本側では、x をAIへの曝露度、h(x) を曝露度ごとの人的資本の密度とし、h(x) は効率単位(efficiency units、品質調整した技能の単位)で測ります。δ_AI(x) は、期間内で計算価格を一定に保ったときの、曝露度 x におけるAI起因の数量の侵食率です。第4項はこの減耗のフローを期首の計算価格で評価したものです。第5項 ∫h(x)·Δp_H(x)dx は人的資本の計算価格 p_H(x) の変動による再評価で、p_H(x) が下がれば ΔW_AIW も下がります。

第3項と第5項は推計されておらず、価格の変動をどこに計上するかを固定するために置かれています。数量と価格の効果を各側で別の項にしておくことで、計算価格の変動が投資(第2項)や減耗(第4項)として読まれることを防ぎます。

ΔW_AIW は富の価値の変化であり、持続可能性の判定そのものではありません。富の基準はシャドウプライスを一定とした変化について立てられており、その区間版は期間中に生じたキャピタルゲインを控除します。このため閉鎖経済では、第3項と第5項に記録されるキャピタルゲインは判定に含まれず、判定はその時点の計算価格で評価した数量項から読みます。基準自体が記す例外は、小国開放経済が直面する国際価格の変化です。また外生的な技術変化は、基準の時間項(式(1)には含まれません)として、あるいは数量一定のもとでストックの再評価として現れる、基盤となる資産(enabling assets)の変化として判定に入ります。第3項と第5項は、この成分を経路上のキャピタルゲインと分けていない、と論文は注記しています。二つの再評価項を式に残すのは、それがなければ富の価値が不完全になるためです。

使い方の規則の一つめは、AIW作成三つ組(AIW compilation triple)(v, B, π) です。v は推計の版(compilation vintage)、B は資産境界(asset boundary)、π は計算価格の規約(accounting-price convention。計算価格を期間内で固定するか、時間とともに動かすか)を指します。(v, B, π) が示されるまでどの項も確定した意味を持たないため、AIWの数値は、それが拡張する ΔW_IW の三つ組と一緒にしか報告できません。命題1は、四つの追加項が ΔW_IW に二重計上なしで加法的に加わる条件として、(i) π が期間内で既存ストックの計算価格を固定していること、(ii) B がデータ、データベース、AIシステム(ソフトウェアに含まれるものを含む)を除いていること、(iii) δ_AI(x) = δ(x) − δ_base(x)(δ_base(x) はAI以前の設定で勘定が記録する率)であること、(iv) 数量項を期首価格で、価格項を期末数量で評価すること、の四つを挙げます。これらの条件は暫定で、既知の不備があります(下の「本論文が行わないこと・限界」を参照)。

命題2は、h(x) の単位を効率単位と定め、期間内で計算価格を一定に保つという規約によって、第4項(一定価格での数量の侵食)と第5項(一定数量での再評価)が一意に分かれることを示します。この規約がなければ、両者への配分はデータでは決まらず、定義の上で不定になります。二つの項を切り分けているのはデータではなく単位の規約だ、というのが論文の整理です。

規則の二つめは二分岐規則(two-branch rule)です。後述する P2 の縮約形 r_C − r_D = (1/σ)(g_C − g_D) では、代替の弾力性 σ が正なので、くさび(割引率の差)の大きさは 1/σ 倍になりますが、符号は変わりません(補題1)。一方、入れ子型CES構造の中で資本の価値シェアが動く向きは σ = 1 を境に逆になり(系1.2)、利用できる弾力性の推計も、95%信頼区間の多くがコブ=ダグラス型の代替可能性に接するか重なっています。このため論文は、AIWの推計値を明示した σ の範囲で報告し、σ < 1 と σ > 1 の分岐を分けて示すべきだとしています。


δ_AI を定義するための三つの規律 D1–D3

恒等式そのものは定義であり、実質的な内容は、δ_AI の許されない定義を三つの規律(disciplines)が排除する点にある、と論文は位置づけています。D1–D3 は、式(1)とともに版をまたいで固定される引用単位です。

  • D1 すでに計上されている損耗から分離できること

δ_AI は、AIがなかった場合に勘定が記録する減耗を超える、技術に帰属する増分として定義します。総減耗で定義すると、勘定がすでに認識している損耗(attrition)を二重に数えることになるためです。所得ベースの人的資本勘定はすでに高齢化と死亡の影響を含んでおり、米国経済分析局(BEA)の Mallatt(2026)による純投資の分解では、人口の高齢化と死亡が大きな負の寄与として示されています。

  • D2 ネットの率で定義すること

AIは人的資本を侵食するだけでなく、高めもします。補完的な技能の獲得と陳腐化による損失は同じ職業に同じ時期に生じるため、別々の領域に分けられません。損失だけを計上する枠組みは不完全であるだけでなく、自らの結論を前提にしているという反論を免れない、と論文は指摘します。

  • D3 生存年と金額を並べて報告すること

生存年(life-year)による結果と金額による結果を並べて報告します。失われた技能年の金額はその経済の賃金水準に比例するので、非金額の系列を伴わない金額のAIW調整は国際比較ができません。この規律は、児童労働を人的資本の損失に換算した Chen らの研究(2026)の接続手順を取り入れたものです。

これらに加えて δ_AI(x) には、曝露スコアと賃金データを結合できる解像度で x を引数にとること、経済全体の生産性調整との境界を明示することが要件として課されており、具体的な値は示されていません。


検証可能な命題 P1・P2 と内部点検 P3

論文の7.1節は、三つの命題を、検証の設計と失敗条件(failure condition。満たされた場合に命題が棄却される条件)とともに示しています。これらは他の研究が何を報告するかの予測ではなく、著者らの研究計画が次に実行する設計です。失敗条件は第1.4版の時点で暫定で、まだ登録されていません。付録Cによれば、各検定を行う前に、判定規則(有意水準、推論の方法、判定に用いる調査回またはデータの版)を定めた版で失敗条件を固定し、その版のDOIの日付で登録します。登録する版では、著者らがすでに見たデータを明示し、検定統計量を計算していないことも確認します。登録後に条件を変える場合は、別番号・別日付の新しい命題として扱われ、検定の結果は枠組みに有利か否かにかかわらず報告されます。

  • P1 AIによる減耗の曝露度勾配は検出可能である

学歴と勤続年数を一定とすると、賃金・経験プロファイルが侵食される速さは職業間で異なり、AI曝露度 x の順に並ぶ、という命題です(∂δ_AI/∂x ≠ 0)。D2 に合わせて符号は事前に固定されておらず、正の勾配は曝露度の高い職業で陳腐化が勝ること、負の勾配は補完的な技能の獲得が勝ることを示します。

設計は Walter and Lee(2022)のタスク別固定効果賃金パネルを手本とし、識別に使う交差項を「曝露度×経験」に置き換えます。日本では、賃金構造基本統計調査の2020〜2023年のデータベースから「職業×学歴×年齢×年」のセルで擬似パネルを作ります。失敗条件は、ChatGPT が一般公開された2022年11月30日より前の調査回(2020〜2022年の各年6月調査)と後の調査回(2023年6月調査以降)とのあいだで曝露度×経験の係数が変化しない場合、すなわち曝露度×経験×公開後の交差項がゼロと区別できない場合、またはその順序が β と無関係な場合です。

同一労働同一賃金の段階的適用、職務給への移行、非正規雇用比率の構成変化、パンデミック、消費者物価上昇の再来が、同じ職業・同じ時期に重なりうることも明記されています。また P1 は職業間の差から識別するため、全職業に共通する成分は年効果に吸収され、P1 が成立しても第4項の水準は決まりません(系2.2)。

  • P2 AIが豊富な経済におけるシャドウプライスの符号反転

予想(conjecture)として提示される命題です。世界銀行の報告書 The Changing Wealth of Nations 2024 は、自然資本の代替可能性が限られる場合を扱う章で、割引率の差と成長率の差を r_C − r_E = (1/σ₂)(g_C − g_E) で結びつけています。添字 C は市場財、E は非市場の生態系サービスを表し、r は割引率、g は成長率、σ₂ は消費における代替の弾力性です。生態系サービスが年約−1%、一人当たりGDPが年約+2%で推移するため、生態系サービスの現在価値は上方に調整されます。

同じ式で E をデータ・AI資本に置き換え、g_C を生産資本の成長と読み替えると、データ・AI資本の成長が生産資本より速い限り符号が逆になり、データサービスの割引率が上がる、つまり現在価値が下方に調整される、というのが予想の内容です。σ₂ は推計されていない生産側の弾力性 σ₁ の代わりに用いており、消費財の組について導かれた式を二つの資本ストックに適用できるかは、σ₁ が推計されるまで検証されていません。論文が挙げる米国の値は実質純ストックの平均対数成長率で、自己勘定データ・データベースが年4.6%、民間非住宅固定資産が年2.0%(いずれも2002〜2024年)です。名目では4.6%対4.8%となって順序が逆転するため、比較は実質(富の基準)でのみ成り立ちます。また、データ側は政府を含む全産業、生産資本側は民間のみと、部門の範囲が異なります。

失敗条件は三つです。部門の範囲、資産境界、同じ版の勘定から取った各資産の価格指数によるデフレートをそろえて再構成した比較で、データ・AI資本の成長が2002〜2024年または2015年以降の部分期間で生産資本の成長を上回らない場合。その再構成した基準で、くさびの絶対値が、許容範囲の集計平均 σ₂ = 1.3 において割引率で1パーセントポイントを下回る場合。データサービスが純ストックに比例するという仮定が棄却される場合です。論文が示した入力では、2002〜2024年のくさびは σ₂ = 1.3 で2.0パーセントポイントです。人的資本側の反転は、まだ構築されていない入れ子構造を前提とするため、同じく予想の扱いです。

  • P3 集計の頑健性(内部点検)

P1・P2 と異なり、世界についての主張ではなく、論文自身の記述統計の集計についての内部点検です。日本標準職業分類(JSCO)の11の大分類で計算した就業者加重の曝露度統計が、小分類で集計し直しても所定の範囲に収まるかを確かめます。失敗条件は、曝露度の高い上位4群の顔ぶれが変わる場合、就業者加重の全国平均 β が 0.31 ± 0.02 の外に出る場合、群平均の順位と公表した順位とのスピアマン順位相関が0.95を下回る場合です。


日本のデータによる記述統計

論文の6節は、AI調整済みの富の勘定の入力側を、現在あるデータで日本について組み立てられるかを問い、結合率と記述統計で答えています。δ_AI(x) の値を推計・較正・例示することはしていません。

賃金側は賃金構造基本統計調査です。2020年の職業分類改定により、188職業の2010〜2019年系列(学歴区分なし)と、職業大分類×学歴×年齢階級の2020〜2023年データベースの二つに分かれ、直接はつながりません。曝露度側は米国の職業分類にもとづきます。Eloundou et al.(2023)のGPT曝露度 β は923のO*NET-SOC職業(6桁SOCで798職業)を、Felten et al.(2021)のAI職業曝露指数(AIOE)は6桁SOCで774職業を対象とし、6桁での結合率は76.8%です。これを SOC大分類→ISCO-08大分類→JSCO大分類と橋渡しし、一対多となる5つのセル(SOC 27, 37, 49, 53, 55)は曖昧なセルとして印を付けています。

2020年国勢調査の就業者総数57,673,630人に対し、賃金データと曝露度データの双方が得られる大分類は就業者の97.2%を覆います。これは分類上の被覆率であり、賃金調査の母集団被覆率やレコード単位の結合率ではありません。小分類では、賃金センサスの144職業のうち95職業が国勢調査の分類と対応を確認できました(職業数で66.0%、賃金構造基本統計調査の2020年の労働者数27,021,260人に対して71.8%)。残る49職業は、名称の違いではなく、国勢調査と集計範囲の切り方が異なるために対応を確認できていません。

主な値は次のとおりです。GPT曝露度 β の就業者加重全国平均は0.306(0.31と報告)、単純平均は0.254です。曝露度が高いのは事務従事者(就業者の20.4%、β 0.486)、販売従事者(11.8%、0.489)、専門的・技術的職業従事者(17.8%、0.427)、管理的職業従事者(2.1%、0.452)で、低いのは建設・採掘従事者(0.045)、生産工程従事者(0.088、就業者の13.1%)、農林漁業従事者(0.095)です。曖昧なセルの割り当てを替えた8通りの組み合わせでも、就業者加重平均 β は0.304〜0.314に収まり、11群の順位のスピアマン相関は0.97以上でした。ただし上位4群が変わらないのは構造上の理由によるもので、頑健性の証拠ではないと論文は注記しています。


相殺閾値(世界全体の値による感度値)

論文の7.2節は、恒等式のどの項も推計せずに示せる値として、相殺閾値 δ_AI*(cancellation threshold)を挙げています。世界銀行の世界全体の値では、一人当たり実質富は1995〜2020年に約21%(年約0.77%)増え、2020年の人的資本の比率は総富の60.2%でした。人的資本全体に一様にかかるネットの減耗がこの伸びを打ち消すには、年約1.3%が必要になります(0.77 ÷ 0.602 ≈ 1.3)。UNEP の包括的富報告による一人当たり成長率、年0.12%で同じ計算をすると年0.2%となるため、閾値は年0.2〜1.3%の範囲として示されています。

これは日本の値ではなく、推計でもありません。測定された成長を打ち消すのに必要な率を示す、反事実的な感度値です。論文は、発生が一様であるという仮定、ネットの率であること、二つの入力が単一の出典によることを注意点として挙げています。UNEP 報告の成長率がその要約に記された累積5%の減少と符号で食い違う点も開示していますが、解決はしていません。


本論文が行わないこと・限界

論文の Summary of claims は、本論文が行わないことを次のように明記しています。AIW恒等式のどの要素も定量化していないこと。計算価格 p_D を確定していないこと。5節の符号反転は結果ではなく予想として提示していること。6節は構成上記述的で、被覆率と曝露度の統計だけを報告し、δ_AI(x) の値を推計・較正・例示していないこと。文献調査は、この問いに最も近い二つの研究計画を対象とした絞り込んだ調査であり、網羅的な調査ではないこと。

文献調査の対象は、Chen–Managi の包括的富研究グループによる2024年1月以降の141件(収集した143件から同名の別著者による2件を除く)と、BEAの現行人的資本枠組みの著者による索引済み記録28件(固有の論文で約17本)です。その範囲で、データ・AI資本とAIによる人的資本の減耗を一つの富の会計恒等式に置いた研究は見つかりませんでした。論文はこれを先行性の主張ではなく観察として報告し、以後の議論はこの観察に依存しないとしています。網羅的でないこと、包括的富報告(Inclusive Wealth Report)の系列が使用した文献データベースに索引されていないことが既知の限界です。BEA が2026年に出したデータの資本化やAIに関するワーキングペーパーの一部も、著者名を基準とした設計の対象外であり、既知の欠落として記録されています。

命題1には既知の不備があります。世界銀行の勘定のように ΔW_IW が人的資本を生涯所得で評価している場合や、技術変化やキャピタルゲインの調整をすでに含んでいる場合、条件(i)〜(iv)だけでは第2〜第5項の二重計上を排除できません。また式(A1)の等式が厳密に成り立つのは、二つの推計に共通する期首貸借対照表から始まる単一期間に限られます。命題の後に示された補正も不完全で、論文は後の版でさらに条件を示すとしています。

第5項にはAIに帰属しない価格変動も記録されるため、ΔW_AIW − ΔW_IW をAIの効果と読むことはできません。

このほか論文の7.2節は、日本の資料が記述的であり δ_AI(x) の推計を支えないこと、曝露度の統計が大分類での集計と群内の単純平均に依っており P3 がそれを検定するために設計されていること、日本の人的資本推計が依拠する生涯所得の系譜には補足資料で設定されたパラメータ(φ = ρ = 0.085 の規約など)が含まれ、導出し直す必要があることを、限界として挙げています。2節では、一人当たりで述べるAIWには人口が一定率で変化することを要するという制約がかかり、人口動態の変化を伴いうるAIの移行ではこれが実際の限界になることも記されています。


論文の構成

1節は、富の勘定がAIによる変化を識別していないことと文献調査の範囲、引用単位の固定を扱います。2節は、AIW恒等式、規律D1–D3、命題1・2を定義的に示します。3節は、データ・AI資本を富の資産として扱う土台がフロー側ではほぼ整い、計算価格が欠けていることを示します。4節は、δ_AI(x) が満たすべき要件と、それが入る二つの勘定の空欄を示します。5節は、シャドウプライスの符号反転の予想と二分岐規則を述べます。6節は、日本のデータによる記述統計を示します。7節は、P1–P3、関連研究との位置関係、政策上の含意、相殺閾値、限界を扱います。

付録Aは命題1・2と補題1の証明、付録Bは値を記入しない最小限のAIWサテライト表、付録Cは失敗条件の登録の規則、付録Dは同じZenodoレコードに収めた派生データ、再現用スクリプト、文献調査の記録の案内です。


引用情報

Citation

Nakamori & Yamanaka (2026). AI-Adjusted Inclusive Wealth (AIW): A Framework for National Wealth Accounting in the Age of Artificial Intelligence. DroR Working Paper No. 1, Version 1.4. DroR Corporation. https://doi.org/10.5281/zenodo.23038487

著者名・題名・区分・版・DOI は、Zenodo レコードのメタデータと論文冒頭の書誌行に合わせています。同じ論文はSSRNにも掲載されています(DOI:10.2139/ssrn.7543242)。版を特定して引用する場合は Zenodo の第1.4版DOIを、版を問わず参照する場合は全版共通のDOI(10.5281/zenodo.23038486)をお使いください。

固定される引用単位

論文は、版をまたいで固定する引用単位を二つ定めています。AIW恒等式(式(1))と、Box 2 の文言による規律D1–D3です。これらは後の版で変更されず、変更が必要になった場合は改訂ではなく、別番号・別日付の声明として出されます。二つの引用単位は、最初の公開版である第1.4版(2026年9月30日、DOI 10.5281/zenodo.23038487)の時点で固定されています。

それ以外の命題1・2、補題1、Box 1 の二つの規則(AIW作成三つ組と二分岐規則)、P1–P3 とその失敗条件は、すべて第1.4版の暫定の定式です。後の版で改訂されることがあり、その場合は各改訂が記録されます。

本論文はCC BY 4.0ライセンスのもとで公開されています。適切な帰属表示を伴う限り、共有・翻案が認められます。


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