なぜ退職面談では、前向きな理由しか出てこないのか
退職面談で前向きな理由しか出てこないのは、辞める人にとって、本当の理由を話す利点が小さく、話さない理由が多い場だからです。本人が不誠実なのではなく、面談という場の性質がそうさせています。
辞める人の多くは、残りの在籍期間を穏やかに過ごしたいと考えます。業界が狭ければ、元の上司や同僚とはこの先も仕事で出会います。推薦や照会を頼む可能性もあります。こうした事情のもとでは、誰の責任にもならない理由を選ぶことが、本人にとって最も合理的な振る舞いになります。
聞き手が誰かも効いてきます。面談を担うのが直属の上司であれば、本人が辞める理由の一部は、目の前の相手との関係そのものかもしれません。人事担当者であっても、社内の人である限り、話した内容がどこまで伝わるかは本人には見えません。
もう一つは、これまでの経験です。在籍中に意見を伝えても何も変わらなかった人にとって、最後の面談で率直に話す意味は薄くなります。退職面談の手応えのなさは、在籍中に声がどう扱われてきたかを映していることがあります。
退職面談の言葉は、何の記録として読めばよいのか
退職面談の言葉は、退職の「原因」の記録ではなく、辞めると決めた後の本人が、その場で語れることの記録として読むのが実態に合います。この読み替えだけで、面談から得られるものは変わります。
退職の決断は、一つの理由で説明できるとは限りません。トーマス・リーとテレンス・ミッチェルは1994年の論文で、退職に至る過程を複数の経路として整理し、その多くに、本人が仕事を見直すきっかけとなる出来事(ショック)が関わることを示しました。面談で語られやすいのは、この最後のきっかけや、次の行き先の魅力です。そこに至るまでに積み重なっていたものは、本人にとっても言葉にしにくい部分です。
したがって、面談の言葉を否定する必要はありません。語られた理由を入口として、その裏で何を確かめればよいかを決めるために使います。次の表は、よく語られる理由と、社内の記録で確かめられることの対応です。語られた理由が本当でないという意味ではなく、語られた理由と並行して確かめる対象の例です。
| よく語られる理由 | 社内の記録で並行して確かめること |
|---|---|
| キャリアアップ・新しい挑戦 | 直近1〜2年で、担当範囲・任される判断・学べる仕事がどう変わったか。社内で挑戦を申し出た記録と、その返答 |
| 家庭の事情・働き方 | 働き方の変更について相談や申請があったか。あった場合、どう扱われ、誰が判断したか |
| 待遇・評価 | 評価面談の記録と、本人が引き受けていた業務量や役割の変化が釣り合っていたか |
| 会社の方向性への違和感 | 方針の変更がいつ、どの会議で、どう説明されたか。本人がその変更に関わる立場にいたか |
面談の聞き方を変えれば、本音は出てくるのか
聞き方を変えると改善はしますが、辞めると決めた後に聞くという限界は残ります。面談の工夫は、限界を小さくするための手段として位置づけるのが現実的です。
改善の余地があるのは、主に三つです。聞き手を、本人の評価に関わらなかった人にすること。時期を、退職の直前だけでなく、退職後しばらく経ってからも設けること。形式を、対面の会話と書面の回答の両方にすること。いずれも、本人が話した内容の行き先を予測しやすくし、話すことの負担を下げる工夫です。
一人の面談より効くのは、複数の面談を並べて読むことです。エヴェレット・スペインとボリス・グロイスバーグは、Harvard Business Review(2016年)で退職面談を活用する実務を論じ、同じ部署の退職者たちが面談で同じ問題を語っていたと分かった例を紹介しています。一人の言葉は個人の事情に見えても、並べると共通の筋が浮かぶことがあります。
ただし、面談を工夫しても、得られるのは辞めた人の側からの情報だけです。辞めずに残っている人、辞めることを考えながらまだ言葉にしていない人の状態は、退職面談には現れません。
辞める前に出ていた声は、どこに残っているのか
辞める前に出ていた声は、1on1の記録、異動や担当変更の希望、業務改善の提案、会議での発言、相談を受けた人の記憶といった、日常の記録の中に残っていることがあります。退職面談よりも、決断の前の情報に近いものです。
経済学者のアルバート・ハーシュマンは『Exit, Voice, and Loyalty』(1970年)で、組織に不満を持った人の反応を、離れること(退出)と、内側から変えようと声を上げること(発言)に分けて論じました。この区別に沿うと、退職は退出の側の反応です。確かめたいのは、その前に発言の側の反応があったかどうか、あったならそれがどう扱われたかです。
記録を見ると、おおよそ二つの場合に分かれます。一つは、声は出ていたが扱われなかった場合です。担当変更の希望が保留のままだった、改善提案に返答がなかった——この場合、問題は声を受け止めて扱う経路の側にあります。もう一つは、声がほとんど出ていなかった場合です。エリザベス・モリソンとフランシス・ミリケンは2000年の論文で、問題に気づいていても言わないことが組織の中で共有された判断になる状態を「組織の沈黙」と呼びました。記録に声が残っていないことは、問題がなかったことを意味しません。
どちらの場合かによって、次に手を入れる場所は変わります。前者なら声の扱われ方、後者なら声が出にくくなっている理由です。なお、1on1などの記録を退職の分析に使う場合は、使う目的と範囲を社内で明確にし、個人の評価に転用しないことが前提になります。
残っている人からは、何が分かるのか
残っている人からは、人がこの組織にとどまる理由と、その理由がどこで弱くなっているかが分かります。辞めた理由を聞く面談の裏側にあたる情報で、まだ手を打てる段階の情報でもあります。
テレンス・ミッチェルらは2001年の論文で、人を組織につなぎとめるものを「ジョブ・エンベデッドネス」として整理しました。社内外の人とのつながり、仕事や組織との適合、辞めたときに手放すものの三つです。この研究では、職務満足や組織へのコミットメントとは別に、こうしたつなぎとめの強さが退職を予測することが示されています。
この見方を借りると、残っている主力社員について確かめたいことが具体的になります。誰と一緒に仕事をしているから続けられているのか。今の役割は本人の力と合っているか。ここを離れると何を失うと感じているか。辞めた人の周りでこれらが同じように弱まっていたなら、残っている人にも同じ変化が及んでいないかを見る必要があります。
聞き取りの形をとる場合は、評価と切り離し、話したことがどう扱われるかを先に伝えておくことが欠かせません。退職面談と同じく、場の性質が答えの中身を左右するからです。
面談・記録・観察は、どう組み合わせればよいのか
面談・記録・観察は、どれか一つを正解とするのではなく、三つを並べて、食い違う箇所を手がかりにする形で組み合わせます。語られた理由と記録が一致しない場所に、まだ言葉になっていない原因が残っていることが多いからです。
並べる対象は三つです。退職面談で語られた理由。辞める前に出ていた声とその扱われ方の記録。そして、誰にどの仕事が集まり、何がどこで決まっていたかという業務の事実です。たとえば「新しい挑戦がしたい」と語った人の記録に、担当範囲の拡大を二度申し出て二度とも保留になった経緯が残っていれば、語られた理由と記録は矛盾していませんが、組織の側で確かめるべき点ははっきりします。
退職がどの部署・どの在籍年数に集中しているかという分布の整理は、この組み合わせの前段にあたります。分布から何を読むかは、別稿「離職の原因が分からないとき、何から調べるべきか」にまとめました。本稿で扱ったのは、分布で絞り込んだ場所について、面談の言葉をどう読み、面談の外で何を確かめるかという部分です。
記録を並べても分からない部分は、日常のやり取りを実際に観察して確かめることになります。DroRでは、本格的な支援の前にこの段階を数週間〜2ヶ月の観察フェーズとして独立させ、最初から大きな変革を前提とせずに始められるようにしています。この見方の背景には臨床組織科学(COS)がありますが、COSは査読誌に掲載された概念論文で示した枠組みであり、介入の効果を実証したものではありません。