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会話、沈黙、動きの変化を捉える。
Field Notes
DroRの終章「臨床、という呼び方について」ページです。研究と実践を往復しながら、組織変革に必要な論点を整理します。
FIELD OBSERVATION
Field Notesは、COSの理論が現場でどう立ち上がりうるかを描いた創作の物語です。日常の相互作用に、変革の条件を見つける素材として読めます。
会話、沈黙、動きの変化を捉える。
何が起きているかを仮説化する。
個別場面を組織の条件として読む。
次の実践と観察へ接続する。
四月に、なった。
この本を書き始めたのは、去年の秋の終わりくらいで、書いているあいだに、冬が来て、冬が去って、気がついたら、もう桜の季節だった。
会社の近くの街路樹の桜は、一週間前に満開を過ぎた。花びらが、歩道に、まだ少し残っている。朝、いつもの地下鉄の出口から出てくると、足元のアスファルトの継ぎ目に、ピンクの欠片が溜まっているのが見える。
桜が、また、巡ってきた。
長谷川さんの、うちの会社との契約は、今月末で、いったん終わる。
「いったん」と書いたのは、長谷川さん自身が、そういう言い方をしているからだ。先週、会議室Bで、長谷川さんは僕に、こう言った。
「契約としては、三月末でおしまいです。でも、何かあったら、個人的に連絡ください。相談料は、取ります。そんなに高くないです」
相談料は、取ります、という言い方が、長谷川さんらしかった。無料で何でも答えてくれるタイプの人ではない。プロとして関わってくれた人は、プロとしての対価を、当たり前のように設定する。そのほうが、関係は、長く、清潔に、続く。
その長谷川さんの最後の出社日が、今日だった。
朝、僕が出社すると、長谷川さんは、例によって、すでに、フロアのあちこちの観葉植物に、霧吹きをかけていた。「おはようございます」と声をかけると、「あ、おはようございます」と彼女は返した。
「今日、これ、最後ですよね」と僕が聞くと、長谷川さんは、モンステラの葉を指でそっと裏返しながら、こう答えた。「最後です。でも、誰かがやってくれるので、大丈夫です」
誰かが、やってくれる?
「朝比奈さんが、先月、『長谷川さん、これ、私が引き継ぎますね』って、声をかけてくれて。朝比奈さん、もともと植物好きだったみたいで。いまも、たまに一緒にやってます」
朝比奈が、知らないあいだに、長谷川さんの仕事のひとつを、引き継いでいた。
僕は、少しだけ、可笑しくなって、笑った。
「どうしました?」と長谷川さんが聞いた。
「いや、うちのチーム、いつのまにか、長谷川さんがやってたことを、自分たちでやってるんだな、って」
「そうですね」と長谷川さんも、少し笑った。
「そういうのが、積み重なったときに、私、ふっと、消えられるんです」
ふっと、消える——その言い方を、僕は、第5章で書いた記憶があった。そうだ、あのとき、長谷川さんが同じ言い方をしていた。物語の最後のほうで、自分が「ふっと視界から消える」日が、来ると。
その日が、今日だった。
この一年半と少しのあいだに、僕のチームは、だいぶ、変わった。あるいは、変わっていないところを除いて、全部変わった、と言ってもいい。
ここで、メンバーの一人ひとりについて、短く書いておきたい。短くしか書けない——長く書くと、たぶん、僕は、別の本を、もう一冊、書いてしまう。
まず、梶原。僕のチームのファーストのひとつに、正式に座った。先月、人事面談で、梶原本人から「次はグループリーダーに立候補したい」と申し出があった。僕は「応援する」とだけ答えた。一年半前、会議で眉を曇らせながら何も言えなかった梶原と、いまの梶原を、同じ名前で呼ぶことが、ときどき、不思議になる。でも、たぶん、これは、ずっと同じ梶原だったんだと思う。眉を曇らせるだけの観察眼は、当時から持っていた。いま、彼は、その観察を、言葉に変えることを、覚えただけだ。
奥村の子供たちは、上が小学校三年生、下が来年から小学校だそうだ。奥村は先月、プロジェクトマネジメントの公的資格を取った。彼女は、朝のスタンドアップで「資格取りました」と、少し照れながら、でも誇らしそうに、報告した。僕と梶原は、「おめでとう」と返したあと、3Good1Moreで、奥村の仕事の、具体的な三つの良いところを、順番に言った。奥村は、それを聞きながら、少しだけ、赤い顔をしていた。
綾野は、今年から、二対一のファシリテーションを、自分から志願してやっている。主に、新しく入ってきたメンバーと、朝比奈や梶原と組んで、風を入れる側に回る。去年、綾野が「責められてる感じがしてて」と小さく言ったあの会議室を、いまの綾野は、自分の役割のひとつとして、使いこなしている。時間は、人を、ここまで動かすのか、と、綾野を見ていると、いつも思う。
妻夫木は、相変わらず、「俺もそれ思ってた」を言う。ただ、その中身は、三年前より、はるかに厚くなった。彼は最近、他チームの若手の相談に、個人的に乗ることが増えた。表向きは自分のチームの仕事だけを回しているふりをしているが、実際には、社内で、妻夫木さんなら聞いてくれる、というネットワークが、静かに広がっている。本人は、そのことに気づいていない気がする。
朝比奈は、この春、入社三年目になった。彼女は、自分より後に入ってきた神木くんや山口さん、菅田さんのサポートを、ほとんど中心的に回している。そして先月、僕に、こう言った。「星野さん、来年から、私、新しいチームを持ちたいんですけど」——僕は、その場で、「いいね、応援する」と答えた。答えながら、胸のなかで、時間が、もう一段、進んだ感覚があった。朝比奈が、自分のチームを持つということは、朝の五分や、二対一や、3Good1Moreが、次の場所で、もう一度、最初から始まる、ということだった。
そして、星野は——。
星野は、少しずつ、自分の仕事の形が、変わってきたのを感じている。プロジェクトTの堤さんとは、あれから月に一度、夕飯を一緒に食べるようになった。他の部署のマネージャーから、ときどき、相談のメッセージが届く。社長から、「来期から、社内の組織開発のほうにも、少し、関わってほしい」と言われて、いまは、それをどうするか、じっくり考えている。
自分のチームにかけている時間は、前より、減った。
減った時間の分、僕は、自分のチームの外にいる、誰かのために、時間を使えるようになってきた。
それが、たぶん、並列、ということなのだった。
正午、長谷川さんと僕は、会議室Bで、最後のお昼を一緒に食べた。
テーブルの上には、長谷川さんが持ってきたおにぎりが、二つ、ラップに包まれて、置かれていた。僕は、もう、具を聞かなくてもよかったが、一応、聞いた。
「今日の、具は?」
「馬刺しのしぐれ煮と、馬肉のローストビーフ風、二種です」
「……二種、ですか」
「記念日なので」
記念日——と僕は反復した。
「馬の、記念日、ですか」
「最後に、二種盛り♡」
その理屈は、相変わらず僕には追えなかったけれど、二つのおにぎりを、僕らは分け合って食べた。馬肉のローストビーフ風、というものを、僕は人生で初めて食べた。意外に、美味しかった。
食べ終わって、長谷川さんは、ペットボトルのお茶をひと口飲んでから、こう言った。
「星野さん、一年半、ありがとうございました」
僕は、少し、言葉に詰まった。
「いや、こちらこそ」と、やっと返した。
「いろんなこと、話しましたね」と長谷川さんは続けた。
「土と、風と、回路の話。朝の五分の話。二対一の話。3Good1Moreの話。メンバー一人ひとりの話。堤さんの話。失敗の話。私の昔の話」
「はい」
「星野さんは、ぜんぶ、身体で、覚えました。もう、私がいなくても、大丈夫です」
「……」
「大丈夫じゃないときは、言ってください。相談料、取りますけど」
長谷川さんが、少しだけ、笑った。僕も、少しだけ、笑った。
そのあと、僕らは、しばらく、黙って、窓の外を見ていた。窓の外では、桜の残りの花びらが、風に流されて、少しだけ、舞っていた。
長谷川さんが、ふっと、例の5秒の沈黙に、入った。
視線は、今日は、窓の外の、どこか遠くで、止まっていた。
五秒、六秒、七秒——たぶん、八秒くらい、続いた。
「星野さん」とやがて彼女は言った。「ひとつだけ、伝えたいことが、あって」
「はい」
「一年半前、私が、社食で、星野さんに『表情、硬いですね』って声をかけたじゃないですか」
「はい」
「あれ、実は、私、星野さんに、昔の自分を、見てたんですよ」
僕は、うなずいた。長谷川さんがそう言うだろうな、と、どこかで予想していた。
「主役のままでいて、気づいたら、全部を抱えて、誰にも相談できなくて、顔色が、変わっていく——あれは、私が、あの五人を辞めさせたときの、自分でした。星野さんのなかに、それが、見えました」
「……」
「だから、私は、昔の自分に、会いに来たようなものだったんですよ。過去は、変えられない。でも、今、同じ形をしている誰かには、会いに行ける。それで、星野さんのところに、来ました」
長谷川さんの声は、いつもと同じ、静かで、急がない声だった。でも、その声のなかには、たぶん、彼女が何年もかけて、ゆっくり、選び取った、自分自身との和解のようなものが、溶けていた。
僕は、何か返したかったけれど、言葉が、出てこなかった。
代わりに、こう言った。「長谷川さん、あの、僕、いま、この一年半のこと、本にしています」
長谷川さんが、少しだけ、目を丸くした。「え、そうなんですか」
「はい。ずっと、書いてます。星野さん、っていう、主人公の話として」
「名前、変えてます?」「ほとんど、変えてないです」「えっ」
「長谷川さん、も、長谷川さん、のままです」
長谷川さんは、ほんの一瞬、「えっ」という顔をして、それから、大きく笑った。
「……まあ、いいか。私、たぶん、いい人に書かれてますよね?」
「いい人に書いてます」と僕は答えた。
「少し、変な人にも、書いてます。馬刺しとか、観葉植物とか、5秒の沈黙とか」
「変な人って、どういう意味ですか...?」
「字義通りの意味です」
長谷川さんは、もう一度笑った。
「本になったら、一冊、読ませてくださいね」
「もちろんです」
長谷川さんが会議室Bを出て行ったあと、僕は、しばらく、一人で、そこに残っていた。
夕方の光が、ブラインドの隙間から、斜めに、テーブルに落ちていた。長谷川さんが使っていた椅子が、少しだけ、引かれたままになっていた。
一年半前、僕は、自分のチームのなかで、自分が何も判断していないことに気づいて、静かに狼狽していた。業績は良かった。メンバーは明るかった。それなのに、胸のなかには、説明しがたい薄さがあった。
その薄さを、僕は、社内の誰にも、言語化できないまま、抱えていた。同僚に言ったら「そんなもの」で片づけられた。家族にも、うまく言えなかった。自分で自分に説明できないものを、人に説明できるわけが、なかった。
長谷川さんが、僕のなかに「昔の自分を見た」ように、僕もまた、社内のあちこちで、少し前の自分の形を、見るようになった。プロジェクトTの堤さんがそうだった。廊下で疲れた顔をしている、他部署の中間管理職がそうだった。社内勉強会で「組織開発って、どうすればいいんでしょうね」と、真剣に、でも、どこか諦めた顔で質問してくる若いリーダーが、そうだった。
僕が、一年半前にもらった助けが、いま、他のところでも、必要とされている——そう気づいた瞬間から、この本を書こうと思った。
書きたかったのは、こうすれば組織が変わります、というような万能の答えではない。そんな答えは、たぶん、ない。書きたかったのは、もう少し手前にある、こういう感じの季節を、僕は通りました、というだけの、あくまで個人の道のりだった。
朝の五分も、二対一も、3Good1Moreも、ぜんぶ、ただの、ひとつの会社の、ひとつのチームの、二年弱の記録だ。同じことを別の会社で同じようにやっても、同じ結果になるとは、たぶん、限らない。むしろ、ならないことのほうが、たぶん、多い。
それでも僕がこれを本にしたかったのは——書かれたものは、誰かの手に、渡るかもしれないからだった。
臨床組織科学——一年半前、長谷川さんの口から初めて聞いたとき、僕にとって、ちょっと硬すぎる言葉だった。いまも、硬いとは思う。漢字が六字、単語が三つ、黒いフォントで並んでいる。口にすると、ほんの少し、口の奥で引っかかる。
でも、いまの僕は、この「臨床」という言葉の意味を、少しだけ、身体で、わかる気がする。
臨床というのは、患者のベッドのそばで、毎日、容態を見ながら、介入を少しずつ調整していく、あの医療の姿勢を借りた言葉だった。
長谷川さんは、うちの会社のなかに、一年以上、毎週、身を置いて、メンバー一人ひとりの細かい変化を見ていた。朝の植物の水やりも、社食で会ったときの声のかけ方も、馬刺しのおにぎりを毎回二つ持ってくる謎の習慣も、ぜんぶ、その「ベッドサイドにいる」という姿勢の一部だった。
僕はいま、その姿勢を、自分のチームで、少しずつ、継いでいる。チームの外にいる、別の誰かのところにも、少しだけ、運べるようになってきた。
臨床、というのは、他人の時間のなかに、自分の時間を、しばらく、置かせてもらう、そういう関わり方のことだった。一度きりの研修でも、外からの診断書でも、短期の介入プロジェクトでもない。あの人の、毎日の水流のなかに、しばらく、一緒に立っている。
その姿勢から、ぜんぶが始まる。
土と、風と、回路という三つの技法は、その姿勢のなかで、はじめて意味を持つ。姿勢を欠いた技法は、ただの小手先の仕掛けになる。
これが、僕がいま、臨床組織科学について、自分の言葉で言えるようになった、ほとんど全部だ。
この本を、そろそろ、終わりにしようと思う。
月曜日の朝九時、僕は、会議室のドアを開ける前に、もう小さく息を吐いていない。これを書いたのは、今朝のことだ。今朝、ドアを開けるとき、僕は、吐いていなかった。
いつから吐かなくなったかは、正確には、思い出せない。去年の秋くらいから、少しずつ、吐かなくなっていたのだと思う。息を吐かなくなった、ということは、あのドアの向こうの会議室が、僕にとって、怖い場所ではなくなった、ということだった。
怖くなくなった会議室の中には、梶原がいて、朝比奈がいて、奥村がいて、綾野がいて、妻夫木がいて、そのほかの十人ちょっとが、いる。
十七人が、朝九時に、揃って顔を上げて、僕を見る。
「おはようございます」と僕は言う。「おはようございます」と、十七人ぶんの声が返ってくる。
誰かが、「昨日、誰かのおかげで助かったこと、ありますか」という問いを、僕より先に、口にする。
それから、順番に、ひとことずつ、感謝が回っていく。
その順番のなかに、僕は、十七分の一の席として、座っている。
この本を、ここまで読んでくれた、あなた、へ。
たぶん、あなたの組織は、うちの会社とは違う形をしている。業種も、規模も、文化も、歴史も、違う。ここまで書いてきたことが、そのまま、あなたのところで使えるとは、僕は、思っていない。
でも、もし、あなたが、いま、月曜日の朝、会議室のドアの前で、小さく息を吐いているなら——その感覚は、うそじゃない。贅沢な悩みでも、気のせいでもない。あなたの中で、もう、何かが、気づいている。まだ言葉になっていないだけで、もう、見えているものが、ある。
その気づきを、急がないで、丁寧に、扱ってほしい。そのあいだ、誰かが、あなたのベッドサイドに、しばらく、いてくれるかもしれない。もしそういう誰かに出会ったら、その人の話を、ゆっくり、聞いてみてほしい。その人も、たぶん、昔のあなたに似た誰かを、見て、そこに来たんだと思う。
そして、いつか、あなた自身が、誰かのベッドサイドに、静かに、立つ日が、来るかもしれない。
そのときは、この本を、ときどき、思い出してくれれば、嬉しいです。
「臨床」という呼び方は、理論を現場のそばに置き続けるという、臨床組織科学(COS)全体の姿勢を指しています。この物語の理論的な全体像は、査読論文とその日本語解説で確認できます。
本作はフィクションです。登場する組織・人物は、臨床組織科学(COS)の考え方をイメージしやすくするために創作されたもので、実在のものではありません。下敷きにある理論は、査読論文として公開されています。
論文・日本語解説(Frontiers in Psychology, 2026)
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