DroR Laboratory RESEARCH & FIELD NOTES

Field Notes

第6章「できないこと、してはいけないこと」

DroRの第6章「できないこと、してはいけないこと」ページです。研究と実践を往復しながら、組織変革に必要な論点を整理します。

第6章「できないこと、してはいけないこと」に関連する現場観察と記録のビジュアル

FIELD OBSERVATION

組織が動く兆しは、現場の小さな変化から。

Field Notesは、COSの理論が現場でどう立ち上がりうるかを描いた創作の物語です。日常の相互作用に、変革の条件を見つける素材として読めます。

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春、新しい年度

四月、新しい年度が始まった。

長谷川さんは、予定通り、週に二日の体制に入った。火曜と木曜。朝から夕方まで、前のように会議室にも入るし、フロアを歩いてメンバーに声もかける。ただ、前みたいに、毎日そこにいるわけではない。月曜の朝の会議室に入るとき、僕は、長谷川さんの席が空いていることに、少しずつ慣れてきていた。

慣れた、というのは、寂しくなくなった、ということではなかった。寂しさが、日常に溶けた、というほうが近い。ないものの形に、体が馴染んでいった。

ちなみに、長谷川さんの食生活は、年度が変わっても何も変わらなかった。火曜日に来たときは、例によって馬刺しのしぐれ煮のおにぎりを二つ持って現れ、木曜日になぜかスモークした馬タンの真空パックをデスクに置いていた。

「スモークしたほうが、栄養価、高いらしいので」と彼女は真顔で言った。

知るか、と僕は心のなかで思ったが、そういう変な細部も含めて、長谷川さんがそこにいる、ということそのものが、僕にとっては、ひとつの気持ちの拠り所になっていた。

僕のチームは、年度明けにメンバーが二人増えて、十七人になった。朝比奈が中核として回し、綾野が若手の相談役に立ち、梶原がファーストの位置を固めている。朝会も、二対一も、3Good1Moreも、当たり前の日常として、回っている。

僕の仕事は、少しずつ、静かになっていた。

予定されていたことでもあり、想定外でもあった。長谷川さんが前に言っていた「自律的段階に入ったリーダーは、手持ち無沙汰を耐えるのが仕事」という言葉を、僕はこの春、ようやく身体で実感しはじめていた。

そんな、少し静かな四月のなかごろ、人事部の部長から声がかかった。


別部署への応援

人事部長からの打診は、Slackの短いDMだった。

「ちょっと相談したいことがあって、十五分だけもらえますか」

会議室に行くと、部長はすぐに本題を切り出した。

「星野さん、プロジェクトT、知ってますよね」

知っていた。社内で、この半年、プロジェクトTの名前を知らない人間はいない。うちの会社の、今期最大の戦略プロジェクトで、十五人くらいのチームで動いている。責任者は、僕より四つ上の堤さん。会社創業期からいるベテランで、経営層の信頼も厚い人だった。

「あそこ、いま、結構しんどい状況で」と部長は言った。

「数字が、予定より、かなり遅れてる。夏までにひと山超えないと、リカバリー不能な局面に入る。堤が、このままだと本人が潰れそうなんだ」

「潰れそう、ですか」

「本人はそうは言わない。でも、見てると、たぶん、あと数週間が限界。朝いちばんに来て、夜いちばんに帰る。土日も来てる。会議で目が充血してる。人相が、半年前と別人だよ」

僕は、黙って聞いた。

「で、星野さんのチーム、いまだいぶ安定してるって聞いたから。星野さん、週に二日だけ、プロジェクトTに入ってもらえないかな。堤のサポート。正式なアサインじゃなくて、ちょっと、横から手伝う感じで。堤、人には相談しないタイプだから、いきなり送り込むんじゃなくて、静かに、並走してあげてほしい」

並走——その言葉を聞いて、僕は、長谷川さんのことを一瞬、思い出した。

「堤さん本人は、僕が入ることを、どう思ってるんですか」と僕は聞いた。

「望んでる?」

「望んでるかどうかは、正直、わからない」と部長は答えた。

「ただ、僕のほうから『星野さんに相談してみたら?』って、二回、言った。二回とも、はぐらかされた。拒絶はしない。でも、積極的に頼むこともしない。たぶん、助けが要ることは、本人も気づいてる。でも、誰にどう頼むかを、考える余裕も、もうない」

考える余裕も、ない——という表現が、胸に残った。

「……やらせてください」と僕は答えた。

答えたあとで、僕は、心の隅で少しだけ、身構えた。一年半かけて、自分のチームで学んだものがある。それを、別の場所で、初めて試すときが来た。そう思うと、胸の奥に、小さな自負と、小さな不安が、同時に立ち上がった。

その自負が、このあと、僕を、少しだけ、滑らせることになる。


最初の週、何も起きない

僕は、翌週から、週二日、プロジェクトTの会議に参加することになった。

初日、堤さんに挨拶した。

「星野です。しばらく、よろしくお願いします」

「うん、よろしく」

堤さんは、一瞬だけ顔を上げて、またすぐに画面に戻った。愛想がないわけではない、という感じでもなかった。余白が、ほんとうに、ない。そういう顔だった。

プロジェクトTの定例会議は、月曜と木曜の夕方、一時間ずつ。僕はそこにオブザーバー的に入ることになった。

最初の会議で、僕は、ただ座って、様子を見た。

十五人のメンバーが、長机にびっしり並んでいた。堤さんが議長。進行は、とても早い。議題が十個くらい用意されていて、一つずつ、堤さんが「これ、どうなった」と聞いては、担当メンバーが「はい、こうで、こうで、こうなりました」と短く答える。堤さんが「わかった、次」と進む。全部、速報モード。掘り下げは、ほぼ、ない。

メンバーの顔色は、全員、悪かった。堤さんほどではないにせよ、誰もが、疲れの層を二、三枚、顔に乗せていた。会議のあいだ、誰かが冗談を言う瞬間は、一度もなかった。笑い声も、なかった。

僕がそこに入っていることを、メンバーは一応認識していた。でも、「星野さんが何をしに来たのか」について、誰も聞かなかった。聞く余裕もないのだろう、と、最初はそう思った。

あとになって、僕は、その最初の感想が、すでに、自分の思い込みだったことに気づく。


朝の五分を、提案してみる

二週目に入ったとき、僕は、朝の五分を提案してみようと思い立った。

このチームには、関係を柔らかくする時間が、明らかに足りない。毎日の会議が進捗の報告だけで埋まっている。メンバー同士が、業務外の人間的な手触りを交わす場所が、ないのだ。だったら、僕が自分のチームでやってきたアレを、持ち込んでみれば、少しずつでも、何かが動くんじゃないか。

木曜の会議が終わったあと、僕は、堤さんに声をかけた。

「堤さん、ちょっと、提案があるんですけど」

「何?」

「朝会の冒頭に、一人一言ずつ、『昨日、誰かのおかげで助かったこと』を共有する時間を、五分、設けませんか。うちのチームで、一年半やってるんですけど、チームの空気が、だいぶ、変わりました」

堤さんは、PC画面から顔を上げて、僕を、一秒、見た。

ただ、一秒、見た。

それから、視線を戻して、こう言った。

「いや、いい」

「……え」

「いや、いいよ、それは。悪いけど」

「悪い、というのは?」

「うち、いま、朝の一分も惜しい。五分、感謝を言い合うくらいなら、五分早くタスクに入りたい。そっちのほうが、みんな、楽だから」

楽、という言い方の重みを、僕は、そのときすぐには、計れなかった。

「でも、感謝を共有することで、関係が柔らかくなって、結果的には——」と、僕が言いかけたとき、堤さんは、もう一度、顔を上げた。

「星野さん、うちのチーム、いまそういう状態じゃない」

堤さんの声は、荒くなかった。むしろ、静かだった。静かだったのに、拒絶の密度が、はっきりとこもっていた。

「僕らは、感謝を共有して仲良くなる段階を、半年前に、とっくに通り過ぎた。今うちで必要なのは、夏までに数字を上げることだけ。それ以外のことに、一分も使えない。悪いけど、それだけ」

僕は、何か言おうとして、言葉が出なかった。

「……わかりました」と返して、その場を離れた。

帰り道の電車のなかで、僕は、自分の顔が、少し熱くなっていることに気づいた。提案が通らなかったから、じゃなかった。堤さんの「わかってない」という目が、僕に向けられた。そのことに対して、ちょっとだけ、傷ついた自分がいた。

そして、その傷つき方そのものが、たぶん、何かの警告なのだった。


長谷川さんに、DMを打つ

その夜、布団に入ってから、僕はスマホで長谷川さんにDMを打った。

「プロジェクトTの堤さんに、朝の五分を提案したら、拒絶されました。拒絶の仕方が、なんか、ショックで。自分が、少し、なめられてた気がします」

送信してから、自分の文章を読み返した。「なめられてた気がします」という一文が、少し、子供っぽかった。でも、消さずに、そのまま送った。

返信は、翌朝の九時くらいに来た。

「おはようございます。昨夜のDM、読みました」で始まっていた。

「星野さん、少し、大事なことを書きますね。これ、急ぎで読んでほしい話なんで、いまオフィスに向かう電車のなかで書いてます。誤字があったらごめんなさい」

珍しく、長谷川さんの文面が、少し急いでいた。

「結論から言うと、いま、星野さんは、プロジェクトTに何も仕掛けてはいけない時期にいます」

——え、と僕は、電車のなかでスマホを握りしめた。

「堤さんが朝の五分を拒絶したのは、正しい拒絶です。あの状況で、朝の五分を受け入れると、堤さんのチームは、たぶん、壊れます。堤さんは、それを直感で知ってる。だから、断った」

「なぜ壊れる?」と、僕は、その場で返信した。


なぜ壊れるのか

長谷川さんからの返信は、お昼過ぎに来た。

「急性の危機状態にあるチームには、三つの、よく知られた特徴があります」と、彼女はいつもの丁寧な口調で書いてきた。

「ひとつ。チームのメンバーは、毎日、認知的なリソースをほぼ限界まで使っています。新しい習慣を導入する、という行為は、その人たちに、さらに認知コストを払わせることになります。本人が『いい習慣ですね』と思っても、それを実践するための余力は、もう、ない」

「ふたつ。急性の危機状態にあるチームには、独自の集団的リズムができています。これは、短距離走のリズムです。短距離走のリズムで走っているランナーに、途中で『はい、ここで深呼吸して、リラックスしましょう』と声をかけると、どうなるか——転びます。走りのリズムが、崩れるから。朝の五分を、そういう時期に入れると、いまのチームが『生き延びるために維持しているリズム』を、一瞬、崩します。崩して、生き延びるためのリズムに戻れなくなることがある」

「みっつ。急性の危機状態にあるリーダーは、全員に『大丈夫、やれる』という空気を送り続けることで、チームを保たせています。そこに、外部の人が『関係を柔らかくする時間を作りましょう』と提案するのは、暗に『いまのやり方では保たない』というメッセージを、メンバーに先に届けることになります。リーダーが必死に維持していた『大丈夫』の空気が、一瞬、揺らぐ。これも、メンバーの消耗を、むしろ、加速させる」

僕は、電車のなかで、長谷川さんの長いDMを、二回読んだ。

「堤さんは、この三つを、たぶん、言語化はしていません」と長谷川さんは続けた。「でも、身体でわかっています。『ここで感謝を共有する時間を入れたら、チームが保たなくなる』って。だから、きっぱり断った。あれは、リーダーとしての、正しい判断です」

正しい判断——と、僕は反復した。

「前にお話しした、私の、あのチーム——五人が辞めたところ——たぶん、最初は急性の危機状態にあったチームだったんです」と、長谷川さんはさらに書いていた。

「違うのは、私が、それに気づかずに、ずっと構造介入をしようとしていたことです。当時の私は、今の星野さんに近い立ち位置でした。変えたい、と思いすぎて、変えちゃいけない時期だっていうのを、見誤った。それで、チームの生き延びるリズムを、私自身が、何度も崩しました。五人が辞めたのは、結局、その積み重ねが原因でした」

僕は、スマホを、しばらく、握ったままでいた。

「だから星野さん、堤さんのチームに、いま、何も仕掛けないでください。これは、お願いです」と、長谷川さんのDMは、締めくくられていた。

「何もしないで、ただ、実務の手を動かす仕事だけ、してあげてください。手が一つ増えるだけで、いまの堤さんには、十分な助けになります」


「何もしない」を選ぶ

長谷川さんの言葉を、僕は、その日から、ゆっくり、自分のなかに入れていった。

月曜の会議に出て、木曜の会議に出る。議事録を書く。担当メンバーが抱えているタスクを、いくつか、横から引き取る。データの集計を手伝う。クライアントへのメール文面のレビューを受ける。

仕掛けない。朝の五分を提案しない。3Good1Moreの話もしない。二対一の話もしない。堤さんのマネジメントスタイルについても、一切、コメントしない。ただ、実務の手を動かす。

最初の二週間、それは、奇妙な時間だった。

ちょうどその二週間目の火曜日、僕のデスクに、付箋が一枚、貼ってあった。長谷川さんの字だった。「気晴らしに、どうぞ」とだけ書かれていて、その下に、小さな缶詰が置いてあった。ラベルを見ると、馬肉の大和煮、と書かれていた。

思わず、つい、笑ってしまった。長谷川さんは、僕の状況を、ちゃんと見ていた。見たうえで、構造介入はしないと決めていて、代わりに、馬肉の缶詰を置いていった。その選択の仕方が、長谷川さんらしかった。

自分のチームでの一年半で、僕は、見て、気づいて、仕掛けることを、自分の仕事だと思うようになっていた。プロジェクトTに入ると、その三番目——仕掛ける——が、封じられた。見て、気づく。でも、仕掛けない。すると、自分の存在意義が、ぼやける感覚が、また戻ってきた。

一年前の、自分のチームで朝会を休んだあの日のような、静かな無力感。

でも、これは、あのときとは違う種類の無力感だった。あのとき感じたのは、自分がいらなくなったことへの寂しさ。今感じているのは、自分が役に立ちたいのに、役に立たせてもらえないことへの苦しさ。

この二つは、似ているようで、たぶん、別物だった。

そして、後者のほうが、ずっと、扱いにくかった。


見ること、しかできないこと

三週目の月曜、会議の終わりぎわ、メンバーの一人——名前を仮に大泉さんとしておく——が、堤さんに質問をした。大泉さんは、三十代の半ばくらい、プロジェクトTで中核的な実装を担っている人で、いつも会議の後半で、細かい技術的な詰めの質問を出す役回りだった。髪を短く刈り込んでいて、メガネの奥の目が、この一ヶ月で、目に見えて疲れていた。

「堤さん、Bチーム側との連携の件、今週中にどう進めればいいですか」

堤さんは、画面を見たまま、

「大泉さんで決めて。僕は今週、Bチームのことは見れない」と答えた。

大泉さんは、一瞬、返答を詰まらせた。

「あの、僕一人で決めると、あとで方針違いになった場合、やり直しになります。一度、整理を」

と言いかけたところで、堤さんが

「やるしかないでしょ、大泉さん」と被せた。

声は、荒くなかった。でも、被せ方が、はっきり、苛立っていた。

会議が終わったあと、大泉さんは、席に戻って、しばらく、ぼんやり天井を見ていた。僕は、それを、自分の席から、見ていた。

何かを言ってあげたかった。「大泉さん、きつかったよね」の一言でも。でも、長谷川さんのDMを思い出して、僕は、何も言わなかった。

翌日、オフィスのエレベーターで、偶然、大泉さんと一緒になった。彼は僕を見て、小さく会釈した。

「星野さん、昨日、聞いてましたよね」

「うん、聞いてた」

「あの、正直、少し、しんどいです」

「……」

「でも、堤さん悪くないんですよ」と大泉さんは続けた。

「あの人、一人で、いま、全部抱えてる。僕らのためにも、全部、抱えてる。それはわかってるんです。だから、文句は言わないようにしてるんです。でも、聞いてくれる人が、いない、っていうのだけ、ちょっときつくて」

エレベーターが、一階に着いた。大泉さんは「すいません、変なこと言って」と言って、足早にロビーを歩いていった。

僕は、エレベーターの前で、しばらく立っていた。

聞いてくれる人が、いない。

これは、ほんの小さなことだ。朝の五分とか、二対一とか、3Good1Moreとか、そういう構造の話じゃない。ただ、メンバーが、誰かに話を聞いてほしい、というだけの話だ。それくらいなら、僕は、この部署に導入されなくても、個人として、やってあげられる。

その日の夕方、僕は、大泉さんの席の横を通りかかるときに、

「大泉さん、よかったら、金曜の夕方、コーヒー行きませんか」と声をかけた。

大泉さんは、少し驚いた顔で、「あ、はい、ぜひ」と答えた。

金曜の夕方、会社の近くのカフェで、僕と大泉さんは、四十分ほど話した。僕は、ほとんど、聞いていた。大泉さんは、ずっと話していた。プロジェクトTが、どれだけ、しんどいか。堤さんが、どれだけ、すごいか。自分が、どれだけ、役に立ちたいのに、役に立てていない気がしているか。

最後に、彼は「聞いてもらえて、助かりました」と、少し、子供みたいな顔で言った。

それだけのことだった。

それだけのことが、たぶん、いま、この部署で、許される唯一の介入だった。


長谷川さんに、報告する

その週末、僕は長谷川さんにDMを打った。

「大泉さんと、コーヒー飲んで、話、聞きました。四十分」

長谷川さんからの返信は、短かった。

「それです、星野さん」

「……それ?」

「それが、いま、星野さんに、できることです。構造は変えられない。でも、一人のメンバーの、四十分の孤独を、別の四十分に変えることなら、できる。それは、構造介入じゃないけど、組織のなかで、確実に意味のある仕事です」

「構造介入じゃなくても、いいんですか」

「構造介入しないほうがいい場面、って、あるんですよ」と長谷川さんは答えた。

「むしろ、構造介入ができないときほど、一対一の個別的な関わりが、大事になります。介入の大きさじゃなくて、適切さ、が問われる」

介入の適切さ——と、僕は、その週末、その言葉を、何度か考えた。


六月、堤さんが、倒れる

六月の半ば、堤さんが、倒れた。

過労で、丸一日、会社に来られなかった。翌日、出社したとき、本人は「ちょっと、熱出しただけ」と言っていたが、顔色は青白かった。医者に行ったら、過労と睡眠不足で、血圧が相当下がっていたらしい。

部長が、堤さんに、無理やり三日の休暇を取らせた。

その三日のあいだ、プロジェクトTは、堤さんなしで回すことになった。僕は、大泉さんや、ほかのメンバーと一緒に、その三日を切り抜ける実務のほうを手伝った。

三日目の夜、ぼんやり残業していたときに、大泉さんが、ふと、僕に話しかけてきた。

「星野さん、前の会社、どこだったんですか」

「前の会社?」

「いえ、あの、このプロジェクトに来る前、っていう意味で。星野さんのチーム、朝の五分とか、2on1とか、やってるって聞いて。それって、どこで学んだんですか?」

僕は、少し驚いた。なぜ、それを、大泉さんが知っているのか。

「いや、朝比奈さん——僕の同期なんですけど——から、ちょっと前に聞いたんです。『うちのチームは、そういう時間を大事にしてる』って。正直、このプロジェクトに入ってから、それを、少しだけ、羨ましく思ってました」

朝比奈が、他の部署の同期に、僕のチームのことを話してくれていた。それを知るのは、初めてだった。

僕は、少し、慎重に答えた。

「うちのチームは、一年半くらいかけて、少しずつ、やってきたんです」

「一年半」

「はい。最初は、朝の五分を、メンバーが戸惑いながら始めました。三週間目くらいで、雰囲気が変わり始めて、半年で、ようやく『当たり前』になった。そこから、いろいろ、積み上げました」

大泉さんは、うなずいた。

「うちも、そういうのが、できるようになったら、いいなって、思います」

「……ですね」と、僕は答えた。

「でも、今すぐじゃないかもしれない」

「今すぐじゃない?」

「いまのプロジェクトTは、たぶん、まず、夏までのひと山を越えるのが先で。その後、堤さんが少し、余裕を取り戻したら、いろいろ、話せるタイミングが来るかもしれない」

大泉さんは、それを聞いて、しばらく、うなずいていた。

「星野さん、待つ、ってことができる人なんですね」と、大泉さんが、ぽつりと言った。

待つ——という言葉が、胸に残った。

そのとき、僕は、ようやく、自分の一年半で、何を学んでいたのか、わかった気がした。構造を変える技法でも、朝の五分を導入するやり方でも、3Good1Moreの型でもなかった。

待つ、という、技術だった。

待つためには、見ていないといけない。見るためには、自分が焦っていたらダメだ。焦りが消えるためには、自分が、自分のチームのなかで、ちゃんと一年半を過ごしている必要があった。

あの一年半は、そのための一年半でもあった。


七月、堤さんとの夜

七月の頭、プロジェクトTは、大きな節目を、なんとか、乗り越えた。数字は、完璧ではなかった。でも、経営層の求めるラインは、ぎりぎり、満たした。堤さんの顔からは、少しだけ、疲労の層が剥がれた。

その週の金曜日、堤さんが、僕を呼び止めた。

「星野さん、ちょっと、今夜、時間ある?」

「あります」

「飯、食わない?」

会社の近くの、堤さんがよく行くという定食屋に、一緒に入った。堤さんは、生姜焼き定食を、一瞬も迷わずに頼んだ。僕も、同じものを頼んだ。

席に着いて、ビールを一杯ずつ、頼んだ。堤さんが、最初の一口で、ふっと、息を吐いた。その息の吐き方が、僕が、一年半前、毎週月曜の朝に、会議室のドアの前で吐いていた息と、ほとんど、同じに見えた。

「星野さん」と堤さんは言った。

「四月に、朝の五分、提案してくれたじゃん。あのとき、僕、結構、きつく断ったよね」

「……はい」

「ごめん。あれ、悪かった」

「いえ、悪くないです」

「いや、悪かった」と堤さんは繰り返した。

「あのとき、僕、星野さんの提案を、ちょっと馬鹿にしてた。『こいつ、うちの苦しさ、わかってねえな』って」

僕は、苦笑した。そう思っていたことは、たぶん、態度で、僕にもはっきり伝わっていた。

「でも、最近、見てて、わかった」と堤さんは続けた。

「星野さん、朝の五分を、諦めてからの、ここ三か月、ただ、実務、手伝ってくれてた。大泉さんと、こっそり、コーヒー行ってるのも、気づいてた。朝の五分を入れないほうが、いまのうちには助けになる、って、わかってくれてた」

「……誰に聞きました?」と僕が聞くと、堤さんは

「大泉が、こっそり教えてくれた」と笑った。

「星野さん、我慢強いね」

僕は、何か言おうとしたけれど、言葉が、でなかった。代わりに、生姜焼きを、一切れ、食べた。

「うちのプロジェクト、夏を越えて、秋には少し、落ち着く予定。そうしたら、星野さん、もう一回、朝の五分の話、してくれない?」と堤さんは言った。

「しますよ」

「で、そのときは、ちゃんと、やるから」

その夜、堤さんは、ビールを三杯飲んで、自分のキャリアの話や、プロジェクトTにかけてきた半年の話や、奥さんに最近、顔色が悪いと心配されている話を、少しずつ、話してくれた。僕は、ほとんど、聞いていた。

帰り道、電車のホームで、堤さんは僕に「ちゃんと待ってくれて、ありがとう」と言った。


待てないとき、待たないとき

翌週、長谷川さんに、堤さんとの夜の話をした。

長谷川さんは、いつものように、静かに聞いていた。聞き終わったあと、例の5秒の沈黙に入った。

「堤さんが、星野さんに『待ってくれてありがとう』って言ったの、大きいですね」と彼女はやがて言った。

「それ、堤さんからの、許可です」

「許可?」

「はい。『もう、朝の五分、うちに入れてもいいよ』っていう、許可。星野さんが、いま、堤さんのチームに介入できるのは、堤さんが、自分から許したからです」

許した——という言い方が、少し、重い響きだった。

「許可なく入ると、さっき言った通り、急性危機のチームを壊します。でも、許可があれば、同じ介入が、まったく別の意味を持ちます。同じ行為でも、場に許されているか、場を侵しているか、で、結果がぜんぜん違う」

「この許可って、どうやって、得るんですか」と僕が聞くと、長谷川さんは

「待つ、です」と答えた。

「待つ、しか、ないんです。急性危機のチームから、許可を得る方法は、時間が熟するのを待って、一対一の小さな関わりを積むことだけ」

「待てないときは?」と僕が聞いた。

「もっと、危機が深刻で、待っていたらメンバーが辞めてしまうとか」

長谷川さんは、少し考えてから、こう言った。

「待てない場面もあります。そのときは、外科手術の話になります。これ、構造介入じゃなくて、制度介入に近い話です」

「制度介入?」

「はい。もう待てない、という判断のもとで、経営層が上から強制的に変える。リーダーを交代するとか、プロジェクトをいったん止めるとか。これはこれで、必要な介入ですが、COSとは、別の領域です。COSは、待てる関係のなかで、時間をかけて構造を変える方法論なんですよ」

別の領域——と、僕は、その言い方をノートに書いた。

「だから、星野さんが、プロジェクトTで、朝の五分を仕掛けなかったのは、判断として、正しかった」と長谷川さんは続けた。

「もし、朝の五分をやってしまっていたら、いまごろ、堤さんは、もっと早く倒れていたかもしれない。大泉さんは、プロジェクトTに愛想を尽かして、辞めていたかもしれない。介入しないこと自体が、介入の成功だった」

介入しないこと自体が、介入の成功——これもまた、僕にとって、新しい言葉だった。


四つの原則、ということ

その日の夕方、長谷川さんは、珍しく、少し体系的な話を、してくれた。

「星野さん、いまのプロジェクトTでの話、実は、COSというやり方を支える、四つの倫理的な原則の、ほぼ全部に関わってるんですよ」と彼女は言った。

「自律性、透明性、参加、撤回可能性。四つです」

「……はい」

「自律性は、受け手に拒否する権利がある、という前提で介入すること。堤さんが朝の五分を断ったとき、星野さんが押し込まなかったのは、これです。透明性は、目的と方法を隠さずに伝えること。星野さんが最初に朝の五分の狙いを説明したのは、これ」

長谷川さんは、いったん、ペットボトルのお茶を、ひと口飲んだ。

「参加は、受け手と一緒にデザインすること。今回、堤さんのほうから『やろう』と言ってもらえたのは、参加のタイミングを待った、ということ。撤回可能性は、『やめたい』と言われたら、いつでもやめる、という保証。これがないと、介入じゃなくて、縛りになります」

自律性、透明性、参加、撤回可能性——僕はそれを、ノートに書き写した。

「これ、別に、難しい哲学の話じゃなくて」と長谷川さんは言った。

「失敗しないための、ほとんど当たり前の作法なんですよ。私が、前にお話しした五人の件で守れていなかったのは、実は、この四つ、全部です」

「……全部ですか」

「全部です。『いいマネジメント』だと思ってやっていたものは、この四つを見ると、全部、アウトでした」

長谷川さんは、少し、寂しそうに笑った。

「だから、この四つは、私が何年もかけて、痛い目にあって、学んだことでもあるんです。星野さんは、私より、たぶん、早く、覚えられます」


構造を変えることと、尊重すること

会話の終わりに、長谷川さんは、一つ、大事なことを言った。

「星野さん、COSって、構造を変えるための方法、って、誰もが思うじゃないですか」

「はい」

「でも、もうひとつ、大事な面があって。構造を、尊重する方法でもある、ということです」

尊重——と、僕は反復した。

「組織には、そこにあるだけの理由がある、って、思うんですよ」と長谷川さんは続けた。

「堤さんのチームで、感謝を共有する余裕がなかったのには、理由がある。メンバーが疲弊しているのにも、理由がある。その理由を、尊重することなしに、『こうすれば改善します』って押し付けるのは、たぶん、組織を助けることにならない」

「じゃあ、何もしないほうがいいんですか」

「何もしない、じゃなくて、いまある理由を、一緒に抱える、ってことです。抱えながら、少しずつ、別の選択肢を、受け手の許可のなかで、差し出す。それがCOSの、たぶん、本当の姿です」

「構造を変えることと、構造を尊重することは、表と裏なんですよ」と長谷川さんは、最後に言った。

表と裏——その言葉が、しばらく、僕のなかに、残った。


秋の気配が、する

七月の終わりに、プロジェクトTは、ひと山を、ちゃんと、越えた。

八月に入って、堤さんは、一週間、夏休みを取った。オフィスに戻ってきた堤さんは、四月のときとは、別人のような、少し、気持ちの余白がある顔をしていた。

「星野さん」と堤さんは、僕を呼んで、言った。

「九月から、朝の五分、始めていい?」

「始めましょう」と僕は答えた。

「で、やり方、ゆっくり、教えてほしい」

「わかりました」

堤さんは、少し、照れたように笑った。

僕は、自分のチームで朝の五分を始めたときの、あの戸惑いのある朝を、懐かしく思い出した。もしかしたら、堤さんのチームでも、最初の二週間は、ぎこちない感謝が行き交うのかもしれない。三週目に、誰かが、ふと、止まる瞬間があるのかもしれない。一年後、堤さんが、いまの僕みたいに、自分のチームで少しずつ「手持ち無沙汰」を感じる時期が来るのかもしれない。

そのときに、僕が、少し先を歩いている立場で、堤さんの話を、聞けばいい。

次の一年を、僕は、そうやって、過ごしていくのだろう、と思った。


この本の、最後の章へ

プロジェクトTで、僕は、介入しないという介入を学んだ。

待つこと。見ること。許可を待つこと。介入の大きさではなく、適切さを問うこと。そして、自分の中にある『仕掛けたい』という衝動を、自分で扱えるようになること。

これは、自分のチームで、朝の五分や、二対一や、3Good1Moreを回しているだけでは、学べなかった技術だった。自分のチームが育った後に、別の場所に出て、そこでうまくいかない経験をして、はじめて、身体に入ったことだった。

一年半かけて、土・風・回路を覚えた。その次に、もう三か月かけて、やらないということを覚えた。

どちらも、たぶん、必要だった。

長谷川さんは、そのあとも、週に二日のペースで、うちの会社に来ている。ときどき、僕のチームの会議室に立ち寄って、観葉植物に水をやって、帰っていく。社食で偶然会うと、相変わらず、馬刺しのしぐれ煮のおにぎりを、二個、持っている。

関係の形が、少しずつ、変わっていく——と、長谷川さんが言っていたのは、本当だった。並走から、並列に。並列から、その次の形へ。

次の章で、僕は、この本を、閉じようと思う。

この一年と数か月のあいだに、僕の身のまわりで起きた、小さな、たくさんのことを、最後に、もう一度、静かに、振り返ってみる。

そして、この本を、最初に、なぜ書こうと思ったのか、という話を、書く。


この章の背景にある概念

この章で語られる四つの原則は、COSの倫理的ガバナンス——自律性・透明性・参加・取消可能性——に対応します。構造への介入がどこで有効で、どこで控えるべきかという適用の限界も、論文が明示している境界条件の物語版です。

本作はフィクションです。登場する組織・人物は、臨床組織科学(COS)の考え方をイメージしやすくするために創作されたもので、実在のものではありません。下敷きにある理論は、査読論文として公開されています。

倫理的ガバナンス——四つの原則

構造的介入とは何か


次に読む

← 第5章「時間の話——自分の手を離れていくということ」

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